第1部 なぜ今、コミュニティなのか Lesson 04 / 40

リーチからエンゲージメントへ ―― 価値の重心が動いた

「どれだけ届いたか(リーチ)」の費用対効果は逓減し、価値の重心は「どれだけ深くつながったか(エンゲージメント)」へ移りました。測る指標そのものが変わります。

これまでマーケティングの世界では「どれだけ多くの人に届いたか」が力の証でした。しかし、その物差しの効き目が薄れています。価値の重心は「広く届く」ことから「深くつながる」ことへ、静かに、しかし確実に移っています。

この変化は、一つの施策の善し悪しではなく、価値の生まれ方そのものが動いたということです。かつては「多くの人の目に触れれば、その一部が必ず買ってくれる」という前提が成り立っていました。ところが今は、目に触れることと選ばれることの間に、大きな隔たりが生まれています。まずはその隔たりがなぜ広がったのかを見ていきましょう。

リーチ指標の逓減

リーチとは「どれだけの人に届いたか」を表す指標です。かつては届いた数に比例して成果も伸びました。ところが今は情報があふれ、人々は無数の発信の中から見たいものだけを選び取ります。届いた1万人のうち、心に残るのはごくわずか。届いた数と成果は、もはや比例しません。お金をかけてリーチを広げても、費用対効果はどんどん下がっていきます。

なぜ比例しなくなったのでしょうか。理由は、人々が受け取る情報の量が、処理できる限界をとうに超えているからです。スマートフォンを開けば、広告も投稿も通知も洪水のように流れてきます。人はその大半を無意識に読み飛ばし、自分に関係のあるものだけを瞬時に選び取ります。つまり「届く」ことのハードルは下がったのに、「心に残る」ことのハードルは跳ね上がったのです。同じ1万回の表示でも、記憶に残る割合は昔とは比べものになりません。

かつては、広告を出せる場所そのものが限られていました。テレビや新聞、看板といった枠は数が少なく、そこに出せば多くの人の目に自然と入りました。ところが今は、誰もが発信者です。個人の投稿、企業のアカウント、動画、広告――無数の発信が、同じ一人の限られた時間を奪い合っています。人の一日は変わらず24時間のままなのに、その注意を求める情報だけが際限なく増えていく。この「注意の奪い合い」の中では、ただ表示されただけの情報は、存在しないのとほとんど変わりません。リーチという物差しが効かなくなったのは、届け先である人間の側の容量が、とっくに飽和しているからなのです。

かけたお金(リーチ) 成果 増やしても伸びにくい
図:リーチを広げても、成果の伸びは頭打ちになっていく

エンゲージメントが生む価値

代わって重要になったのが エンゲージメント、つまり「どれだけ深くつながったか」です。1万人に一度届くよりも、100人が繰り返し反応し、語り合い、あなたを信頼してくれる状態のほうが、はるかに大きな成果を生みます。深くつながった人は、買い続けてくれるだけでなく、周囲に自ら勧めてくれる存在になるからです。

観点リーチ重視エンゲージメント重視
狙い広く届ける深くつながる
関係一度きり・一方通行継続的・双方向
効果その場で終わりやすい紹介・再購入に広がる

具体的なシーンで考えてみましょう。ある美容サロンが、チラシを一万枚配って新規客を集めるとします。反応するのはごく一部で、来店してもそのまま来なくなる人が多い。一方、通ってくれる常連客が、日々の手入れの相談に丁寧に応えてもらい、施術以外の会話も楽しみにしている。この常連は、次も予約を入れ、友人に「あそこ良かったよ」と伝えます。チラシ一万枚より、深くつながった常連数十人のほうが、長い目で見れば売上も紹介も多く生む――エンゲージメントとは、まさにこの差のことです。

エンゲージメントには、リーチにはない大切な性質があります。それは「双方向」だということです。リーチは、こちらから相手へ一方的に届けて終わりです。相手が何を感じたかは分かりません。一方エンゲージメントは、相手が反応し、こちらが応え、また相手が返してくる――このやりとりの往復です。往復が重なるほど、相手はこちらを「自分のことを分かってくれる存在」と感じ、関係は深まります。この双方向のやりとりの中でしか、信頼は育ちません。だからこそ、一度に大勢へ届けることよりも、一人ひとりと言葉を交わせる場を持つことのほうが、これからは価値を持つのです。

ここで一つ、よくある思い込みに触れておきます。「深くつながるには、大勢に接する広い集客を先にやっておかなければならない」という考え方です。たしかに母数は多いほうがよいように思えます。しかし実際には、広く浅く集めた人ほど関係が続かず、深めるための手間ばかりが増えていきます。むしろ、最初に出会った少数の人と丁寧に関係を築き、その人たちが満足して周囲に伝えてくれる流れをつくるほうが、結果として深いつながりも、新しい出会いも増えていきます。順番は「広げてから深める」ではなく、「深めることで広がる」なのです。

なぜ深いつながりがそこまで効くのか。それは、信頼が「くり返し」と「紹介」を生むからです。一度きりの取引は、その場で終わります。しかし信頼された関係は、再購入という形で何度も売上をもたらし、さらに「あなたのところが良い」という口コミを通じて、広告費をかけずに新しい人を連れてきます。専門用語で言えばLTV(顧客が生涯にわたってもたらす価値)が高まり、紹介による集客が回り始める。深さは、時間をかけて何倍にもなって返ってくるのです。

さらに見落とされがちなのが、深くつながった人は「単なる買い手」を超えていくという点です。ある人は使い方のコツを他のメンバーに教え、ある人は改善のアイデアを寄せてくれ、ある人は新しい参加者を自分の言葉で迎え入れます。リーチで集めた一万人は、あくまで受け手のままです。しかしエンゲージメントの高い数十人は、送り手にも、支え手にもなってくれる。会社にとって、これは単なる売上以上の力です。広告では絶対に買えない「一緒に場を育ててくれる仲間」が生まれること。ここに、重心が深さへ移ったことの本当の意味があります。

何を測るかが変わる

重心が動けば、見るべき数字も変わります。表示回数やフォロワー数だけを追っていては、本当の強さは見えません。むしろ「どれだけの人が繰り返し関わってくれているか」「どれだけ深く信頼されているか」に目を向ける必要があります。

ここで陥りやすいのが、測りやすい数字ばかりを追ってしまうことです。表示回数やフォロワー数は、数えるのが簡単で、増えると達成感もあります。だからつい、その数字を目標にしてしまう。しかしフォロワーが一万人いても、誰も反応せず、誰も勧めてくれないなら、その数字は強さを表していません。反対に、繰り返し参加してくれる人の数、紹介から生まれた新規の割合、常連の継続期間といった数字は、地味でも会社の本当の体力を映し出します。測る対象を変えることは、目指す方向を変えることでもあるのです。

とはいえ、リーチ指標をすべて捨てなさい、という話ではありません。届かなければ、そもそも関係は始まりません。大切なのは、リーチを「入口」として正しく位置づけ、そこから先の深まりまで見届けることです。「何人に届いたか」で満足して終わるのではなく、「そのうち何人が反応し、何人が繰り返し関わり、何人が誰かに勧めてくれたか」まで追いかける。入口の数だけで一喜一憂するのをやめ、入口から奥までの流れ全体を見る。この視点の切り替えが、リーチからエンゲージメントへの重心移動を、日々の実務に落とし込む第一歩になります。

追う数字を「どれだけ届いたか」から「どれだけ深くつながったか」へ。指標が変われば、打ち手も変わります。

コミュニティは、このエンゲージメントを育てる装置そのものです。広く浅くばらまくのではなく、関わってくれた一人ひとりとの関係を、時間をかけて深めていく。その積み重ねが、紹介と再購入という形で会社を支える柱になります。次のレッスンでは、なぜ「深いつながり」が価値になるのか、その背景にある文脈経済という考え方を掘り下げます。

目次にもどる(全40レッスン)
株式会社AI Docks 代表 松永勇樹
株式会社AI Docks 代表取締役 /「コミュニティ2.0」提唱者

松永 勇樹

150名+ノーコードサロン運営
50件+場づくりの相談実績
多業種法人コミュニティ支援

150名以上が参加するコミュニティを自ら運営する現役オーナー。AIを活用し、中小企業のコミュニティを「立ち上げ」から「運営」まで一気通貫で伴走支援しています。集客・顧客定着・採用に効く"稼ぐコミュニティ"を、設計から収益化まで一緒に形にします。

まずは、貴社にコミュニティが必要かを一緒に整理しませんか?

無料でコミュニティ診断を受ける/60分・オンライン